アルベルト ボォイテフ フリシュ(Alberto Vojtěch Frič)

Alberto Vojtech Fric, cactusist 1918
(写真はウィキペディアより)

サボテン関係の本を読んでいるとよく出てくるアルベルト ボォイテフ フリシュ(Alberto Vojtěch Frič)という人。
いわゆるプランツハンターと呼ばれる職業の方みたいなのですが、よく分かっていません。
丁度、ウィキペディアには様々な言語でこの方の紹介があったので調べてみました。

【どんな人】
・1882年~1944年
・チェコ人
・南米・北米を旅行し現地のインディオ・インディアンの民俗的な取材を行い出版を行った。
・取材中ジャガーに襲われ怪我をする
(※ 彼の著した冒険活劇譚は当時チェコの若者にとても人気があった。川口浩の水曜スペシャル的か?)
・サボテンの輸出入も行い、プラハで温室を立てて栽培事業にも従事していた。
・さらに、サボテンについて現地を調査し、500種類にも及ぶ紹介(学名記載)を行った。
・しかしながら、同氏は学名に関する国際命名規約(Code of Nomenclature)を無視する傾向があり
現在有効な学名は10程度になっている。
有名な所では下記の様な種類がある。
Gymnocalycium mihanovichii
Obregonia denegrii
Rebutia einsteinii

alberto_fric_mexika_1922
(写真はウィキペディアより)

【エピソード】
Frič氏が命名した学名について面白いエピソードが紹介されています。
時は第二次世界大戦中、ナチス下のドイツはチェコスロバキアのズデーデン地方のへの圧力を強め、最終的にはチェコスロバキアを解体し保護領としてしまいました。
当時、Frič氏はある孔雀サボテンの一種にアドルフ ヒトラーを冠した学名をつけました。
それを見た友人は、「ナチスに媚びてるね~」と皮肉を言ったらしいのですが、Frič氏にはある思いがありました。
そのサボテンは大きく生育すると、とたんに耐寒性が無くなり腐ってしまう傾向のあるサボテンでした。
ナチスがヨーロッパでの拡大を続けることに対して、最終的には腐って死に絶えてしまうことを願った命名でした。
一方で、とても丈夫で毎年綺麗な花を咲かせる、あるサボテンには物理学者であるアルベルト・アインシュタインの名前を付けて愛でていました。
ナチスを追われた物理学者が、末永く輝いて欲しい事を願った命名でした。
これは、現在でも広く栽培されている(とは言っても日本では殆ど見た事ありませんが・・・)メディオロビビア アインシュタイニー(Mediolovibia Einsteini)です。

※ 私事ですが、今年のオランダ種子リストからアインシュタイニーの種を購入していました。
天才物理学者の如く、末永く光り輝いて欲しいものです。


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